カテゴリー: 自分を解き放つ!

喜びから生きる

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『喜びから生きる』

あなたはそれを自覚していました。
でも十分に感じ切ってから
それを敢えて選ぶプロセスを
あなたは体験したかったのです。

喜びが存在することすら忘れ
迷いと葛藤の中で
感じてきたこと、
それは人間が体験する
闇の世界の一部です。

その世界を知った上で
喜びを選択して生きる、
という能動的な態度に
どれだけの意味、重みがあるか
それは計り知れない
恩恵への道であり、
輝きへの入り口なのです。

キリストの言った
貧しい人は幸いであるとは
このことです。
貧しくありなさいと
貧困のすすめを
しているのではありません。

経験の中から見出す喜び、
そこに価値があるよということです。

その喜びを見出したものは幸い、
何にも代えがたいGRACE(恩寵)を
自分の中に発見しているのです。

あなたがあなたのままでいるということは
その喜びのままでいるということ。

押しとどめて、苦しんできた
あなた自身をひとつ発見する度に
そんな自分を許して抱きしめ
その気持ちを旅立たせてあげてください。

自分を縛っていた想いに
ひとつ気づく度に
その経験をさせてくれた
全ての存在に感謝して
その役割を解放してあげてください。

そうやって感謝と共に光を返せば
その役割を演じてくれた闇もまた
次のステージへと舞台を移せるのです。

全ての存在の中に光を見てください。
それをあなたの得意技にしてください。
埋もれた光がその存在を表せる、
そのキッカケとなってください。

絶望の淵を知っているからこそ、
その光に気づくことができるのです。

光は割れ目さえできれば
隠していても出てくるのです。

私は仲間達に語りかけます。
同じ想いを共有してきた
偉大な仲間達に。

魂が永遠であることを知り
生命が継続しているものであることを知り
全てが繋がっていることを知っている者たちよ、

今こそ、自分の内側にもってきた
喜びというエッセンスに
フォーカスを当ててください。

それだけ、
ただ、それだけが
あなたの使命です。
そういって過言はないでしょう。

あなたの、喜びを、
創造してください。

…message received on Jan. 2, 2016…

次元こそ違えど、ご先祖と共に今を生きている

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関東の7月のお盆、関西の8月のお盆、
そして本来の旧暦でのお盆であった今週まで
個人セッションさせていただいた方々の多くに
ご先祖の方々がご登場。

私たちの世代を通して、
先祖代々に引き継いできた様々な想いに光を当て
今となっては重荷になってしまっている遺伝的要素を解放し
私たちも、ご先祖も共に解放される。

そして、それを喜ぶご先祖たちに見守られ
私たちはさらに今を生きる。

ご先祖なしに私たちは存在せず、また、その逆もしかり。

私たちは次元こそ違えど、
お互いにつながり反映しあって
同時に、今を生きている。

〜以下、セッション中に受け取ったメッセージ〜

あなた方の魂の輪廻システムの中で
どうしても解消しきれないような親子の負の連なりに
取り組んでくれているあなた方に感謝する。

これは我々にとっても想定外のシステムエラーであり
我々次元からではどうにもならないようになっている。

それを超えていくのは、
今、ここにいる、あなた方であり、
我々はだからこそ、今ここにいるあなた方をサポートする。

どうか、自分一人のことと思って苦しまずに
人間の問題に取り組んでください。
ありがとう。

見極めなさい、その奥にある意識を

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見極めなさい
その奥にある意識を

見極めなさい
優美な夢の奥に潜む企みを

見極めなさい
純粋な願いを

「外に外に求める私」から脱却せよ

「外に外に求める私」から脱却せよ
そなたの内側にある真の泉にタップせよ

今湧き上がってくる残留物からの恐怖を燃やし尽くし
新たなエネルギーを身にまとい
軽やかに生きよ
生きよ、喜びのうちに

喜びを感じてはいけない
歓びを感じてはいけないと
その身に刻んだ記憶を手放し、溶かし、粒にして
新しいキラキラ粒子に変えよ

そのためにそなたはこの次元にわざわざ降りてきた
「私、やるわ!」と言って

人間体験の恐怖、その歪を
この次元からしっかりと変容させ
あなた自身の存在を変容させよ
そして、存在せよ

…received during the meditation…

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You ARE loved.

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友達の誕生日カードを書こうとして
降りて来た言葉。

     ::::::

You ARE loved.

Don’t fight for it.
You don’t have to seize it from anyone.

It’s just there.
You just allow yourself to accept it.

     ::::::

あなたは愛されています。
愛を求めて戦わないでください。
愛を誰かから掴み取ろうとしないでください。

愛はそこにあります。
ただ、それを受け取ることを
自分に許して下さい。

気づくことの大切さ

私たちは特定の感情や考えを持たない方がいい、
という教育をあらゆるところでされています。

コミュニティー、学校、家庭、宗教、etc.において
怒りや悲しみを表現することは
好ましくないので避けるように、
また、その感情を持つ事自体が
悪であるかのように
言われています。

ですので、往々にして私たちは
自分の内側にはそれらの感情や考えがないことにしてしまいます。
あるいは、それらの感情や考えを持った自分を
嫌悪したりもします。

でも、大切なのは、抑圧することではなく、
それらの感情を持っていることに、ただ、気づくこと。

なぜなら、その感情や考えが
自分のリアリティ、自分の現実を
形成しているから。

私たちは常に創造者なのです。

生まれる前から、
生まれてからも、
今も、
一瞬たりとも、
現実を創造することを止めたことがない。

それは、すべて、
自分のうちにある感情や考えから
形作られているのです。

今ある現実は、
積み重ねてきた自分の感情のモードや
考えの集大成が目に見える形になったもの。

それがイマイチなら
自分の求める結果をもたらしてくれる
考えや感情のモードに
自分の意識を意図的に集中させていくのです。

恐れや怒りなども
根をたどっていくと、
何に自分が囚われ
何を自分が大切にしているか、
が少しずつ、みえてきます。

自分の中にあったものが外に現れた
現実、現象を目の前にして
その基になっている内側の感情や考えに気づき
そのモードをシフトしていくことで
それらの現実を別の現実へと
シフトしていくことができるのです。

時にはその感情や考えに囚われ
シフトしていくことが難しいかもしれません。

でも、それらの感情は、
その中にどっぷりつかるために発生したものではないのです。

ただ、それらが自分の中にあるよ、
と教えるために存在を表してくれているのです。

気づいた瞬間に、本来はその役割を終えているのです。

ですから、いつまでもその感情や考えの中に
ぐるぐるしている自分に気づいたら
それらの感情や考えに、
知らせてくれてありがとう、
とお礼を言って
感謝とともに手放していくとよいでしょう。

すると新しいモード、考えが
入る余裕ができてきます。

そして、新しい現実の種がそこに生まれるのです。

あなたの期待で相手を枠にはめて見ることを手放しなさい

あなたの闇を相手に投影するのをやめて、
本当の彼等自身を見てあげなさい。
あなたが真に彼等を曇りなく見るとき、
そこには美しかあり得ない。
生命は等しく輝きを放ち、
どれも代えがたくユニークで素晴らしい存在だ。

それを忘れずに見続けていられないのは
あなたが彼等の中に自分の見たいものを見ようとしているからだ。
彼等はあなたと同じように自由な存在なのだから、
あなたの期待で相手を枠にはめて見ることを手放しなさい。

川の魚にあるべきを問わぬように、飛ぶ鳥に行方を訊かぬように。
未だ開かぬ蕾の、花の色形を指示したところで、
その意図に沿わぬは花の落ち度ではない。

ありのままを見て、それをありのまま受けとめなさい。
あなたが期待を手放して見るとき、そこに現れる存在は常に新鮮で新しい。
己を枠にはめこまなければ、それを相手に求めることもない。
好みやコントロールを他の御霊(生命)に押し付けることで、
不自由になるのは己自身だ。

愛であるということは、あるべきを問わないということだ。
相手の中に”べき”を問うのは、己がそこに縛られているからだ。
なにものからも自由でありなさい。
心を開いて愛するというのは、そういうことだ。

自分自身もまた、常に新しく新鮮でありなさい。
過去の経験に従うのではなく、常に今だけに立ち、
未知を友とし、幼子のように世界を味わい、遊びなさい。

そうすればあなたは世界の素晴らしさを知るだろう。
そこに映る己を知るだろう。それを愛するようになるだろう。

自分自身の制限から自由になるとき、
あなたは期待や制限なく人を愛する者になる。
怖れないで開いていなさい。あなたが傷つくのは、他者によってではない。
あなた自身が、宇宙から自分を閉ざして切り離すためだ。
自分を罰することを手放しなさい。自分の価値をきちんと受け取りなさい。

何者もあなたより素晴らしい存在はない。
それを理解すれば、同等を外側に見るだろう。

内も外もなく、あなたと私の境もなくなる。それが愛だ。
相手を想うことと、自分の喜びが同じものになることだ。
生命(イノチ)の本質は歓びだ。

だから相手の歓びを感じることは、生命の本質的な交流である。
それをして人は、生を真に生きることを味わう。

それをしにきたのではなかったのか?

忘れずにいなさい。あなたは愛だ。何者にもまして価値ある存在だ。
あなたが素晴らしいのは、あなたが独特で、創造的で、自由な存在だからだ。
ありのままの自分を受容すればいい。
そうすれば、他者のありのままを見ることができる。
本当の彼等を知ることが出来さえすれば、あなたは彼等を愛さずにはいられない。

自分を愛から切り離してはいけない。世界から己を閉ざさぬように。
怖れと無知が、愛を遠ざけ、あなたを孤立させる。
受け取りなさい、宇宙があなたに与えるものを。

心を開いて、そのありのままを見なさい。

闇の中の小さな自分には価値がないと、誰が言おう。
それを言うのもあなた自身だ。
あなたが誰であろうとそれが、そのありのままがあなた自身だ。
そしてそれを受け止めたその時から、あなたは動きだす。
あなたは、あなた自身を生き始める。

愛と感謝と許しが内側から始まるとき、人は生きることの意味を真に知るだろう。
真の交流、真の人生の体験は、実際のところ、そこからしか生まれない。

もう頃合だろう?
待っているよ。

love my son.
愛する子供達へ

…message from the universe channeled through ryu

あなたを傷つけるのは

変化を受け入れる

女性性として挙げられる性質には
柔軟性、受容力、吸収力、包容力、優しさ、気配り、
勇気(これ実は女性性)、etc…いろいろあるけれど、

今、このタイミングで大事なことを
ひとつ挙げるとしたならば、それは

変化を受け入れる度量。

女性は、無から子供を宿し出産する、という経験を通して
自分自身がものすごく変化する、ということを体験する、
その能力を誰しももっている。

実際に出産しようとしていなかろうと
その能力、素質を備えているのが女性。

子供、というか、一人の人間が誕生する、
ということは、みんな当たり前のように思っているけれど
でも、とてつもない、神秘。

それが自分の体の中で起こっていくのだから
その変化の起こりようはさらにとてつもない。

そんな変化を受け入れられるのが女性。

変化には多かれ少なかれ不安や恐怖がつきまとう。

でも、そんなことも乗り越えて、変化を受け入れ
前進していく。

変化に対する適応力や
変化を受け入れて前へ進む力を活性化する、

それが、女性性を活性化する、ということ。

時代が大きく変わろうとしている今、
男性性と女性性のバランスのために、
男性にとっても、女性にとっても、必要なのが、この

変化を受け入れる能力。

これまで自分にとって当たり前になっていたことが
どんどん変化していく…
時には慣れ親しんだものを手放すことも必要かもしれない。。
慣れ親しんだ人たちから離れていくことが必要かもしれない。
自分の気持ちがどんどん変わって行くことに恐怖を覚えることも
あるかもしれない。
ときにはこれまで走ってきた道を振り返り、
立ち止まることも必要かもしれない。
すると止まることへの恐怖が浮上してくるかもしれない。

でも、そんな恐れに圧倒されず、変化を肯定的に受け止め、
どんどん気持ちが軽くなる、そして喜びを感じられる方向へ
進んでいきましょう。

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刻々と変わって行く夕暮れ時の空。
そのすべての瞬間がどの瞬間とも異なる。
どの瞬間もとどまることなく変化していく。
だからこそ、その、美しさ、その尊さが、
たとえ一瞬だけであったとしても、すべて貴重。

「意味付け」よりも「気づき」

因果応報と言われるように
物事にはつねに原因と結果がある、という世界があります。
直線的に世の中をとらえた場合、これは多いに考慮すべき視点です。

ですが、
直線的ではない世界、というのも私たちをとりまく宇宙には
確実に存在しています。
その世界では、原因と結果が必ずしも、直線的に結びついていません。
それを探ろうとしても、もはや、関係ないに等しいくらいに
いろんなことが同時に起こっている世界です。

私たちは、いろんな事象が起ったときに、
「これってどういう意味かな?」と
あれやこれや思いめぐらすことがあります。

時にはそれが必要なこともありますし、
そこからいろんなメッセージを得ることができますが
もしも、すべてのことに意味を見いだそうとすると
抜け出しようのない、ループにハマってしまうこともあります。
そうなると、
今、ここ、に生きるのではなく、
理由付けの世界に生きてしまっているのです。
それは、外に、正当性を見いだそうとする姿勢ともいえます。

もしも、自分が最近、意味付けのループにハマってる、と
気づいたら、
意味を探すよりも、つまり、外の世界に正当性を見いだそうとするよりも
その事象から自分が学べたことや、気づいたこと、
あるいは今自分にできること、
などに意識を向けてみることがよいかもしれません。

そして、じゃぁ、自分は本当はどんなふうにありたかったのか、
あるいは、どんなふうにありたいのか、
ということにさらにその意識の方向を向けていくのです。

すると意味付けのループから、
本当に自分が望んでいるものを自分という振動の中に
取り込んでいく新しい習慣へと、移行できます。

起こったことの理由や意味はどうであれ、
自分の内側から自分をクリエイトしていく、
それは、今、ここから、いつでも、始めていくことができるのです。